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2010年07月09日

四川省成都市川劇院「欲望の海〜オニール作『楡の木陰の欲望』より」を観る

おととい、新国立劇場にて、第17回BeSeTo演劇祭の四川省成都市川劇院「欲望の海〜オニール作『楡の木陰の欲望』より」を観劇しました。
http://www.beseto.org/17th/program/detail.php?performance_id=55

ユージン・オニールの「楡の木陰の欲望」を脚色し、川劇として創り出した異色の舞台です。中国伝統劇というか、川劇独特のリズムや技巧、華麗な舞と美しい歌唱と、現代の物語が融合し、古典美と現代美が融合したとても斬新な舞台でした。私は原作は読んだことがないのですが、昼ドラよりもどろっどろの泥沼で、強烈なストーリーだったので、それも斬新さの大きな一因かと。

ストーリーはこんな具合。貪欲な「白老人」は、妻や子供をこき使って財産を貯め、妻は過労で死に、上の息子二人は家を捨てて出ていってしまいう。一人残った三男「三郎」は、父・白老人が他界した後は、財産は自分のものになると思っていたが、白老人は若い後妻「蒲蘭」を娶る。貧しさゆえに売られる様に老人に嫁ぐことを嘆く蒲蘭。しかし、嫁ぐ豪邸を見て、「白老人さえ他界すれば、この財産は自分のもの」と歓喜する。「お前のものではない、全て私のものだ」と激怒する白老人。後妻に財産を奪われてしまうと、白老人と蒲蘭に憎しみを募らせる三郎。蒲蘭は若い三郎に惹かれ愛欲のまま誘惑するが、拒絶され憎しみを募らせ、白老人に三郎が誘惑してきたと偽りを告げる。激怒した白老人は三郎を追い出そうとするが、蒲蘭は三郎を使用人だと思えばいいと告げ、三人は同じ屋根の下で暮らすようになる。しかし、蒲蘭と三郎は次第にお互い惹かれ合い、ついには本当に愛し合うようになってしまう。やがて、蒲蘭は子供を授かる。父親は白老人というたてまえだが、三郎の子である。そして、白老人の財産はその子に継がれる遺言書が書かれた。蒲蘭と三郎は愛し合っていたにもかかわらず、三郎は蒲蘭が財産を狙って自分を利用したと信じ込んでしまう。三郎の愛と信頼を取り戻そうとして前後の見境を失った蒲蘭は、子供さえいなければ三郎の愛は戻ると信じ、我が子を手にかけ殺してしまう。我が子を殺された三郎は蒲蘭を責め、蒲蘭は己の過ちに気づき自決。蒲蘭の死を知った三郎も自分を責めて自決。一人残された白老人は全てはこの財産が原因だと、屋敷に火を放つが、欲望に「長生きしてまた子供をつくればいい…」と囁かれ、劫火の屋敷に火を消しに戻って焼死…。

という、愛欲と物欲が渦巻き、最後は全員死んでしまう…といった強烈な物語でした。蒲蘭の前半の悪女ぶりから一転、後半で見せた愛欲におぼれる女の哀れさ。憎悪に満ちた血の繋がり。子殺しの罪と死。後半は息を飲むような緊迫感でした。時折舞台に現れる黒いマントを羽織った「欲望」の化身が悪魔の様に囁き、蒲蘭に「子供を殺せ」と囁きかけ、欲望に屈した蒲蘭が、子供を手にかける瞬間では、瞬時に「面」をつけて表情が消え、舞台の雰囲気が豹変しました。まさかこんなところで、川劇の「変臉」の技を使うとは。中国伝統劇の特徴の舞台のシンプルさ、俳優の身体表現は精神世界をあらわすパントマイムのようでもあり、照明効果も相まって、モダンさすら感じる、あな恐ろしい舞台でした。カーテンコール後は叫好も乱れ飛んでいました。ユージン・オニールの原作「楡の木陰の欲望」をちょっと読んでみたいような、みたくないような…。BeSeTo演劇祭の底力を感じる、決して商業的ではないけれど、凄い舞台でした。

紹介動画です(↓)約2分
http://www.youtube.com/watch?v=72I3-Jxmn0c
映像にある水袖の演技は無かった気がします。
posted by 水歌ななこ at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 観劇 | 更新情報をチェックする
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