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2010年07月13日

太公望と翡翠

『春山行夫の博物誌W 宝石2』(春山行夫著、1989年平凡社発行)という本を読んでいたところ、ジェード(翡翠)の章で思いがけず太公望の話が出て来たので自分メモを兼ねて投稿。著者がジェームス・L・クラフト『ジェードの冒険』(ニューヨーク、1937年発行)というアメリカで発行された翡翠に関する書物から引用しているエピソードです。

「中国の伝説によると、西暦前十二世紀ごろの政治家、呂尚(太公望)は天の教えをうけるため、貧しい漁夫に姿を変え、聖なる川の渭水に行った。彼は沈思しながら川に糸を垂れていると、一匹のコイがかかったので、引き上げると、その腹から高貴なジェードの板が現れた。手にとってみると、板の表面に神託が彫られていて、次の王朝は周と呼ばれ、中国の黄金時代となるから、彼はその王朝の実現に力をつくさねばならないと、記されていた。この神託は実現して、政治上の指導者だった呂尚は大臣になった。この王朝は呂尚のジェードの文字板に祝福されて、ほとんど九百年ものあいだ平和につづいた(ジェームス・L・クラフト)」(『春山行夫の博物誌W 宝石2』(春山行夫著、1989年平凡社発行) 93頁より引用)

ジェームス・L・クラフトという人、クラフトフーヅ株式会社の創業者で、翡翠探しが趣味。老齢になってから、前掲書を出版したそうです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/クラフトフーヅ

「太公望 翡翠」でググってみると、宝石業界のサイトがちらほらとひっかかりました。例えばこんな感じ(↓)
http://www.cgl.co.jp/knowledge/episode/13.html

太公望と翡翠のエピソードなんて、聞いたことないですよね?魚釣れちゃってるし…。「魚ぢゃなくて天下を釣るんぢゃないんですか!」とつっこみたくなります。1930年頃のアメリカ人の宝石バイヤーが、翡翠の買い付けで中国に行った時に、中国の翡翠商人から聞いた翡翠の神秘性を高めるための話なのではないかと、勝手に推測してみました。アメリカ人にべらぼうな額の翡翠を売りつける際に、「これは太公望が釣った伝説の翡翠だ!」等、中国人が勝手につくっちゃったんぢゃないかと。或は、太公望に関して、そんな伝承があったとすると、これもまた面白いですね。

『春山行夫の博物誌W 宝石2』は図書館で見つけ、宝石好きなので読み始めた本なんですが、こと翡翠の章に関しては、中華好きと宝石好きの両方の興味が満たされて面白かったです。アメリカの古美術商が1917年に中国に渡って中国人の信頼を得ながら翡翠買い付けの経験値を積み、最後には乾隆帝のコレクションの一部をごっそり買い付けてくる話、幻の青い翡翠の話など、ドラマティックで面白かったです。翡翠の章だけなら、あっと言う間に読めるので、興味のある方は図書館で立ち読みなどで是非どうぞ。

※幻の青い翡翠の話は紹介して下さってる頁を見つけました(↓)
ttp://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/column/hisui3fr.html
個人頁なので直リンクはやめておきます。読みたい方はhを足してコピペして下さいね。
posted by 水歌ななこ at 00:05| Comment(2) | TrackBack(0) | ミネラル | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ほんまですね!
太公望と翡翠の故事とか、聞いたことありません(笑

わたしが知らんだけなのかも知れませんが、
是非出典を明示して頂きたいですね!(^^;
Posted by かはさかな at 2010年07月15日 14:47
かはさかな様
ジェームス・L・クラフト氏の本、
アメリカでの第一次翡翠ブームの時に翡翠に関する資料がそれ位しか無くて、
やがて日本でも翡翠ブームが来た時にもその本が翻訳されて、
日本の宝石業界だけにぽっこりと残ってしまった
当時の中国の口承じゃないかと勝手に推察しております。
Posted by 水歌ななこ at 2010年07月15日 20:57
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